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作品No sa-00238 
ジャンル 短編 
作品タイトル 芹沢銈介の美の世界 
The Art of Keisuke Serizawa ―Master of Pattern Colour― 
フリガナ セリザワケイスケノビノセカイ 
製作会社 桜映画社
スポンサー 財団法人ポーラ伝統文化振興財団 
製作年 1984年 
分数 35分 
カラー 
言語 日本語版・英語版 
カテゴリー 美術工芸・人間国宝・染色・民芸運動・記録 
シノプシス 染色作家、芹沢銈介は、型絵染の重要無形文化財保持者で文化功労者でもある。映画は、大正時代、戦中、戦後と、柳宗悦の民芸運動と、沖縄の紅型に出会って影響を受けた、その長い生涯にそって多彩な作品を紹介しながら、楽しい模様と色彩に溢れた芹沢芸術の真髄に迫る。亡くなる数ヵ月前の仕事ぶりや談話、気迫ある表情も収録している。 
映像内容 東京蒲田の芹沢の居間を訪れた人は、東北地方から移築した民家の居間が世界の民芸品の展示場でもあるのに驚かされる。芹沢はそういう中でいつも仕事をしていた。屋敷内には染場や干場もあった。彼の模様の下絵は、過去の夥しい素描の中から生まれている。映画は、下絵が型紙に彫られ、色差しされて美しい染色模様が生まれでる工程を映し出す。芹沢銈介は、明治28年静岡市の大きな呉服屋に生れ、少年時代は画家を志したが、高等工業の図案科を出て染色作家の道を歩む。それは日本の民芸運動の提唱者柳宗悦と、沖縄の紅型との出会いによる。初期の作品、静岡時代の最後を飾る『いそほ物語絵巻』は国際的にも注目された。大きな希望を抱いて上京、昭和9年、39歳の時蒲田に移る。昭和はじめの不況時代で、生活は苦しかったが、清貧の 中で和紙に出会った。よい手漉き和紙は布同様に染色できる。この和紙で『絵本どんきほうて』が生れた。
 昭和14年に柳宗悦らと共に初めて沖縄に渡った。紅型に出会って10年の歳月がたっていたが新しい道をいく思いで夢中だった。戦争が長引き生活の窮乏がつのる中で、昭和16年大作『法然上人絵伝』を完成。この時代の「益子日帰り」は、肉筆のうまさをよく表している。昭和20年 4月、 空襲で工房、家財すべてを失ったが、その年の秋には早くも型染カレンダーの製作を始めている。昭和25年から30年頃になると芹沢の仕事も一斉に花開き、爽やかな外気を浴びて充実した作品を生む。それを象徴するのが数多い暖簾で、他にも着物、屏風、絵本、装丁と、多岐にわたった 。60歳から70歳にかけて新聞の連載小説の挿画でも独自の仕事をした。

芹沢家住居外観
アフリカの民芸品陳列
芹沢さん
工房紹介
スケッチ
下絵描きと彫り
糊置と色差し
工房の人達と会食する芹沢さん
写真構成
白樺創刊
学生時代
柳宗悦との出会い
紅型との出会い
型染の修業
日本民芸館
作品 蔬果文四曲屏風
絵巻 伊曽保物語
作品 紙すき六曲屏風
作品 どんきほうて
作品 益子風物図
青い海と沖縄本島の遠望
作品 沖縄絵図
作品 法然上人絵伝
作品 益子日帰り
作品 型染カレンダー
作品 苗代川
作品 ばんどり図四曲屏風
作品 いろは模様六曲屏風
大原美術館
倉敷の町
作品 縄暖簾
作品 風暖簾
作品 天暖簾
作品 布文字 春夏秋冬屏風
作品 いろは文字
作品 鯛泳ぐ文赤部屋着
作品 文字文地白麻部屋着
さし画集 極楽から来た
さし画集 十三妹
日本の秋 実景
作品 津村小庵文
街角の「風」のポスター
グランパレ美術館 紋付袴の芹沢
芹沢銈介美術館
芹沢銈介の居間兼客間
芹沢銈介誕生パーティ
工人の絵を描く(染め人来る)
 
地域情報 東京都/静岡県/沖縄県/栃木県/岡山県 
スタッフ 製作:村山和雄/六鹿英雄
脚本・演出:村山英治
撮影:村山和雄/金山富男
作曲:山内忠
編集:沼崎梅子
照明:浅見良二・森準蔵・本橋俊男
録音:伊藤亨
解説:宇野重吉
 
受賞歴 文部省選定
第39回芸術祭大賞
1984年教育映画祭最優秀作品賞
 
画面サイズ  
備考・関連情報 [監修] 北村哲郎
[協力]静岡市立芹沢銈介美術館、芹沢染紙研究所、日本民芸館、大原美術館
     (株)中央公論社、(株)ざくろ、外村吉之介、小川龍彦、金子量重、四本貴資 他
[資料提供]日本近代文学館、テレビ朝日、毎日新聞社、石川光陽 他
 
参考画像
 
フィルム原版 35mm 
ライブラリー窓口会社 桜映画社
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公開動画  
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